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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)933号 判決

被告人

常軒満

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

但しこの裁判が確定した日から参年間、右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人鶴和夫の控訴趣意第一点竝びに第二点について。

(イ)  記録を調べると、検察官は昭和二十四年六月二十八日福岡簡易裁判所に少年である本件被告人に対する公訴を提起しているが、その公訴の提起前に少年法第四十二条の規定による家庭裁判所えの事件送致の手続をした形跡のないことはまことに所論のとおりである。

そもそも、少年法第四十二条が、検察官に対して、少年の被疑事件については、その搜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、それが家庭裁判所から送致を受けた事件である場合を除く外、必らずこれを家庭裁判所に送致すべきことを要請しているのは、該少年の被疑事件の送致を受けた家庭裁判所をしてその少年に対し保護処分又は刑事処分のいずれを相当とするかを審査させるためであることは、同法条の律意に照らしまことに明瞭であるといわねばならない。

今本件起訴状をみると、公訴事実は「被告人は、昭和二十四年一月上旬頃の午後十一時頃、粕屋郡志賀島村字海中道占領軍キヤンプ博多ケイサンクラブ倉座に侵入して占領軍所有のカミソリ刃(小箱)九十箱を窃取したものである」というのであつて、右占領軍物資の窃取行為が、昭和二十四年十二月十五日政令第三百八十九号による改正前の昭和二十二年政令第百六十五号第一条にいわゆる收受の観念に包含されることは疑ないので、右の公訴事実は、実質的には右窃盜罪とともに、これと想像的競合の関係にある連合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令(昭和二十一年勅令第三百十一号)第二条第三項にいわゆる占領目的に有害な行為に当る罪をも含んでいるものと解するのを相当とする。

そして占領目的に有害な行為から成る罪に係る事件については、検察官はいわゆる強制起訴を要請されていること、同勅令第二条第一項の明定するところであるから、少年である本件被告人の被疑事件について搜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があるものと思料した検察官は、既に前掲少年法第四十二条の規定に従い、本件被疑事件を家庭裁判所に送致し、同裁判所をして本件少年を保護処分に附するか又は刑事処分に附するかいずれを相当とするかを審査させるまでもなく、本件少年の被疑事件については必らず公訴を提起しなければならないのである。

されば、検察官が本件少年の被疑事件を少年法第四十二条の規定により、これを家庭裁判所に送致することなく直ちに管轄の通常裁判所である原審裁判所に、本件公訴を提起したことは適法であつて、これを目して手続規定に違反した無効な公訴の提起であるということはできない。

尤も起訴状には罪名として適用すべき罰条は単に窃盜(刑法第二百三十五条)とのみ摘示されているけれども本件公訴事実は実質的に右窃盜罪とともにこれと想像的競合の関係にある占領目的に有害な行為に当る罪をも含んでいるのであるから、原裁判所は審理の経過に鑑みその罰条の追加又は変更を命じた上、占領目的に有害な行為に当る事実をも審判し得たのであるが、原審裁判所はただそれを適当でないと認めてそれをしなかつたまでのことであるから本件起訴状に罪名として占領目的に有害な行為に対する罰条を摘示しなかつたからといつて、これがために本件公訴の提起が無効となる道理はないので原判決には所論のように法令の適用を誤つた違法の点はない。論旨はいずれも理由がない。

第三点について。

なるほど、少年に対する刑事事件の審理は少年法第九条にいわゆる保護事件の調査がなるべく少年、保護者、又は関係人の行状、経歴、素質、環境等について医学、心理学、敎育学、社会学等その他專門的智識を活用してこれを行うよう努めなければならないと規定されている趣旨に従つて行わなければならないことは少年法第五十条の明定するところであるが、この少年法第九条第五十条の規定は裁判所に対して事情の許す限りなるべく遵守するよう誠実な努力を要請している一種の訓示規定にすぎないものと解するのを相当とする。

この点に鑑みると、結局は具体的事件について、事案の性質その他諸般の情況を考えてなるべく少年法の所期する趣旨に背かない限度において裁判所が適当と認める方法により少年の身上に関する調査を行うことを妨げるものではないというべきである。

本件訴訟記録竝びに原審裁判所において取り調べた証拠を検討すると、原審公判廷において前掲少年法の規定する各事項を含む身上に関する調査につき、裁判官、検察官並びに弁護人から交々、かなり詳細に取り調べられていることが看取できるので、原審裁判所がたまたま所論の請求にかかる、被告人の母親常軒スミの取調をしなかつたからといつてもそれは原審裁判所が専権によりその取り調べの必要なしと認めたからであつて、これがため、審理不尽の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

(弁護人鶴和夫の控訴趣意第一点)

一、原判決は不法に公訴を受理した事件の不法な判決であつて破毀を逃れない。

本件の記録を精査するに、昭和二十四年六月二十八日公訴を提起した検事は、起訴前に少年法第四十二条の規定に由る家庭裁判所への事件送致の手続をした形跡がない。この手続の欠けた起訴に基く少年事件は刑事訴訟法第三三八条に由り公訴棄却の判決を為すべきである。

二、或は言わん、本件は占領軍の所有物資の窃盜事件であるから、連合軍々司令部の覚書に基いて少年法第四十二条の送致手続を経ることなく起訴手続をすることが出来ると。然し愚按する処に由れば右は、勅令第三一一号に関する事件等ポツダム宣言の受諾に関する命令に関する件に基いて発せられた勅令や政令に関する違反事件の場合に適用さるべき覚書であつて本件の如く(仮令被害者が連合国人である場合でも)一般に刑法犯として取扱わるる事案には適用さるべき覚書ではない。尠なく共起訴状の罰条摘示が刑法犯丈になつて居る場合には必ず少年法第四二条に基く手続を履践して居なければ起訴は有効ではない。このことは刑事訴訟法上公判手続に於いて少年法第四二条の手続を履践したか否かが、立証の冒頭に為さるべく期待さるることに由つても窺知すべきである。

三、然るに原判決は此点に関する手続の欠除を観過して居るから破毀を逃れない。

第二点

原判決は法令の適用に誤がある判決であるので破毀を逃れない。欠缺が第一点に述べた様な手続上の起訴の効力を失わしめないと仮定しても、さうであることを罰条の摘示に示さねばならない。さうでなければ何故少年法第四二条の手続を践まなかつたことが違法ではないかを知ることが出来ない。

然るに原判決は此点に関する罰条の摘示をしていないのは(弁護人は起訴状に此点に関する罪名の摘示がなければ判決に於いては新に摘示は出来ないと考えているけれども)法令の適用に誤がある判決である。

第三点

原判決には審理不尽の違法がある。

一、被告人の身上に関しては、被告人の自供、同供述調書、身上調査表が証拠として検察官から提出されたが、弁護人が請求した被告人の母常軒スミの取調をして居ない。少年事件に於いては特にその身上の取調や平素の素行将来の見込については、出来る丈多くの観点からの資料を蒐集するようにと努むべきに拘らず原審が母の取調を為さなかつたのは処分に関する審理を尽して居ないと言わねばならない。

(註、本件は量刑不当にて破棄自判)

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